拙者のゴルフ

ゴルフ侍|自己成長を求め、己の「ゴルフ道」を歩もう

「才能がない」→「マン振り」

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拙者、ゴルフ侍と申す。

諸君のゴルフの悩みを拙者が見事に断ち切ってみせよう。

「才能がない」と嘆く諸君、
「マン振り」をなされよ。

「才能がない」

人生のあらゆる場面で、壁にぶつかった際に思い浮かぶ言葉だ。他の人は上手くできるが、自分には上手くできない。そんな劣等感が心を支配し、やがてその分野から退くことになる。確かに早い段階で、得意な分野に移行したほうが良いことは多い。

しかし、ゴルフについては早計であると断言する。

 

諸君、初めて歩いた時のことを覚えているか?

「四足歩行」から「二足歩行」になった時のことだ。急に世界が広がり、かつ両手が自由になることで成長スピードが加速する。歩けるようになるタイミングは人によって差があれど、2歳を過ぎる頃にはほとんどの子供が歩けるようになる。

 

ゴルフも同じだ。

ゴルフを始めたばかりで「才能がない」という馬鹿者が稀にいるが、そういう輩は赤子の時に「歩けない」となっただけで、「歩く」ことを放棄するのだろうか。

ゴルフの才能があろうがなかろうが、誰でも100切りは達成でき、90切りもほとんどのゴルファーが達成可能な水準である。そこに至るまでは、結果が出ない日が続く。転んだり、つまづいたり、何度も失敗を犯しながらも、最後には自分の足で立ち上がれる日が必ず来る。その事実こそが重要であり、タイミング自体はさほど重要ではないのだ。

自分なりの「マン振り」を習得し
自分探しの旅に出かけよう。

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さあ、目を覚ませ。

残念ながら、これまで諸君が「ゴルフスイング」だと信じていたのは、ただの「動作」。魂の込められていない仏像の如き、まがい物。結果が出ないのは当然として、諸君に「ゴルフの才能」があるかどうか分かるはずもない。

 

ゴルフスイングは、「見よう見まね」では駄目だ。

自分自身の「心技体」をスイングに総動員して、渾身のゴルフスイングを築き上げなければならない。それ、すなわち「マン振り」。「マン振り」ができるようになれば、ゴルフで歩き出せるようになったも同然だ。諸君はどこへでも行ける。ゴルフ人生においては、それほどのインパクトがある。 

諸君だけが持つ「ゴルフの才能」はきっと存在する。自分なりの「マン振り」を習得し、自分探しの旅に出かけよう。

 

 

「マン振り」がゴルフの世界を開く「鍵」となる。

マン振りせよ。さらば道は開かれん。

 

これにて一件落着。

 

(ゴルフ侍)